フリートーク(放談)

【嫌いな言葉】使わない言葉、使って良かった「心を動かす」言葉【名言】

 

私には、自分では絶対に使わない言葉があります。

 

特に「社畜」という言葉は絶対に使わないだけでなく、使用している人を見ると、”何とも言えない残念さ”が込み上げてきます。

 

そして、逆に使いたいと思う素晴らしい言葉もあります。実際の経験でも素晴らしい言葉が人の心を救う場面を見てきました。

 

今回はそんな「心を動かす言葉(好きな言葉)」、「使わない言葉(嫌いな言葉)」について書いていきたいと思います。

 

心を動かす言葉 心に響く言葉

私の過去の経験から、素晴らしいと感じた言葉です。

 自分の幸せは、自分自身が決める。

誰でも同じだと思いますが、どうしても他人と比較ばかりしてしまいますよね。人の比較対象は人しか無いですからね。

 

そして他人を見ては、自分の幸せが見えなくなったり、わからなくなって無駄に悩んだりしてしまいます。

 

そもそも、自分が幸せに感じられるかどうかは、自分の心が決めるものですから、求めるべきものは、自分にとっての幸せですよね。

 

他人ではなく自分の幸せを見ていますか? 自分の幸せは自分が決めるのです。

 

 あきらめずイメージするのは、「成功する自分」。そこで幸せは見える。

人は、信じていたものが揺らいだり、自信をなくしたり、不安になったりすると、もうダメかもしれない、なんて急にあきめる気持ちが支配してくるものです。

 

しかしそんなときでも、「成功する」、「うまく行く」イメージを失わず、あきらめずに進むことが大切であり、進んでいる限り今は変わっていくものです。

 

そして、あきらめずに進み、「成功した」ときに振り返るのが過去のさまざまな自分です。

あきらめようとした自分や苦しかった自分などのネガティブなイメージもあると思いますが、このときに振り返る過去はどんな場面であっても、今のあなたをより幸せの感情で満たしてくれるはずです。

 

苦しかったことも、悩んだことも、あきらめかけたことも、うれしかったことも、そのすべてが「成功する」までの通り道に過ぎないということです。

 

そのときが来るまであきらめずに続けてみましょう

 

 人より遅いと感じるのは、周りと比較しているから。

誰でも得手不得手はありますし、例えば歩く速度も、成長の早さも同じじゃありません。

 

しかしそれを理解していても、なぜか常に何かと比較し自分のほうが優れているとか劣っているとか、遅れていると感じてしまうものです。

 

自分のことを自分ではない、他人と比較することには意味がありません

 

自分に合わせた、自分のペースで進み続けることが一番大切なことだということを教えてくれています。

 

 どんなに不安であっても、信じていなくても薬は必ず効く。

人は誰もが同じようなことや問題で悩むことを繰り返して生きています。

 

そして、そのようなと問題に直面したときに他の人がどのように解決してきたのかを知ることはとても役に立つことがあります。

 

いわゆる先人の知恵ですね。

 

他の人がある苦難を乗り越えるために使った「薬」(思考・方法その他)があれば、どんなに不安であっても、疑ったとしても、同じ苦難に対しては必ず効果があるはずなのです。

 

『信じなくても良い、騙されたと思ってやってみて』なんて言葉もありますが、先人の残してくれた「薬」を、例え不安に思っても、信じていなくても、受け入れてみれば必ず効果があるということですね。

 

以上少しですが、このような言葉は同じ悩みを抱える人を救うために使っていきたい言葉だと思っています。

 

一方で嫌いな言葉、絶対に使いたくない言葉について、次で書いていきます。

絶対に使わない言葉

社畜

冒頭でも書きましたが、私は「社畜」という言葉が大嫌いです。

 

そもそも「社」とは、神をまつる御殿や建物、神社などを意味し、「畜」とは、人間に飼われる動物や、牛馬などを飼うことを意味しています。

 

これを繋げ、会社の「社」に「畜」を付けることで、会社の家畜という意味的なイメージで使用している人が多いのかなと思います。

 

しかし、まず意味が不明ですよね。

 

例えば、どこかの会社に努めている人が、自分のことを「社畜」なんでみたいに使う場面は想定できますが、その会社には自分で就活して入社したはずですよね。

いまどき、どこかの会社に無理やり働きに行かせられるなんてことは無いでしょうから。

 

そして、その会社を退職する自由もあるはずです。

いまどき、強制的に働からされる時代でもないですからね。

 

ということは、

自分で選んで入社しておき、辞める自由もあるにもかかわらず、自分の意志で留まっておきながら、自分は会社の家畜ですって言っているように聞こえませんか?

 

何という矛盾というべきか。

 

このような人は、この矛盾に無関心ということなので、コミュニケーション能力があるだけの、仕事も能力も特段優れていない人が多い印象ではないかなと思います。

 

また、皮肉や面白おかしくとか、冗談で言っている人もいると思いますが、このような言葉を選択し、他人に発言している時点でワードの選択センスが残念ですし、同類感は否めませんね。

 

ですので、他人が使用しているのを見ると苦笑いはしますが、私自身はが使用することは絶対にありません。

 

 勝ち組、負け組

今でもよく聞くこの言葉って、自分に対して使っても、他人に対して使っても良い言葉にならないですよね。

 

自分が人に対し、「勝ち組)という言葉を使えば根拠のない嫌みになるし、「負け組)という言葉を使えば、言葉にしづらく扱いにくさがあります。

 

例えば、自分に使う場合として、

 

『俺、駅前に新築一軒家建てたし勝ち組だよね』『私、医者と結婚して勝ち組だ~』

などと言えば、確かに一瞬凄いなと感じますが、実際もっとすごい人は山のようにいるわけで、そんな人の前では、”別に勝ってないし”、そもそも誰と何の勝負での勝敗なの?って思います。

 

また、他人と自分を比較しない人が聞けば、『へぇー』とぐらいにしか思わないかもしれません。

 

結局、「勝ち組」と使う場面で、自己の基準による、誰にも共有、認識できない、自身の中でのみ成立する勝負において、自分が勝ったと思っている(発言している)、単なる自己満足のそれ以上、それ以下でもないものではないでしょうか。

 

そのようなことが透けて見えてしまうので興覚めしてしまいます。

 

そして一方、

『俺、リストラされたし貯金もないし負け組だわ』などと、「負け組」を押し付けてくる人には気を遣うし、変なことは言えませんよね。

 

押し付けられた方のできることと言えば、同情や優しい言葉をかけるぐらいしか見当たりません

 

ですので結局、自己の傷をいやしてもらう為の自己満足ではないかと感じてしまいます。

 

このように、「勝ち組」と「負け組」という言葉は、ほとんどの場面で自己を満足させるために使われている言葉だと考えられますから、私が使うことはありません。

 

 ずるい

これも良く見かけますね。『あなただけずるい』とか。

 

この「ずるい」の意味としては、

人を騙したり、不正な方法で、自分だけが得をするようにすること。悪がしこい。

ということですが、こんな事をわざわざ言葉に出して言わなくてもと思います。

 

基本的に人は自分の利益のために生き、行動しているはずです。この自分には、当然自分以外の家族や関係者なども含まれます。

 

そして、その利益を手に入れる過程で、知らない人や関係ない人に利益を渡すぐらいなら、多少の嘘や不正をしてでも、自分だけの利益にしてしまうという考えや行動がありえるのが人の世界だと思います。

 

結局自分が得しなかった、利益を得られなかったという心情を暴露し、その感情を理不尽にぶつけていることにしかならないものだと考えてしまうので、私が「ずるい」と思うこともないですし、使うこともないですね。

 

言葉には、良い言葉も悪い言葉もありますが、良い言葉は積極的に使っていくことによって、何事も良い方向に進みやすくなるような気がするのは私だけでしょうか。

 

今回は以上です。それでは~。

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