
以前私が、いじめ被害者の方へ「発信者情報開示請求」について解説したきかっけになった、埼玉県のいじめ被害者の反撃について進展があったようですので、
今回はその内容について書いていきたいと思います。
先に言っておくと、卑怯な匿名でのいじめに関する書き込みをした人はこれから超反撃されます。
この記事が、少しでもいじめ被害の抑止に貢献できればと思って書きますね。
↓↓以前の記事です↓↓
★~【いじめ被害者救済】匿名の書き込みに裁判所から情報開示命令。簡単に解説~★

★目次(もくじ)
プロバイダーから被害者に契約者情報の提供!
12月に裁判所から情報開示命令が出て、そのあとすぐプロバイダーから難なく契約者等の情報が被害者側に提供されたとのことですね。
これで、いじめに関する書き込みをした回線の契約者がわかります。
そして、契約者は世帯主でしょうから、その人物が書き込んだとは限らないので、これから住民票などを取り寄せて、実際に書き込んだ人物を徐々に特定していく作業に入っていきますね。
補足ですが、弁護士であれば事件に関連した住民票等の取得はすぐにできますので、書き込みそうな人物の目星をつけるのはたやすいことだと思います。

およその人物を特定したその後
契約者の情報をもとに住民票などから、書き込んだ可能性のありそうな人物を特定していきます。
そして、ある程度特定出来たら、弁護士は自分で捜査することはできませんので、警察に刑事事件として持ち込んで、警察が動けば書き込みした人物は必ず特定されるはずです。
警察は、なんだかんだ言って被害届をなるべく受け取ろうとしないことが常ですが、今回のように加害者側の情報が特定されている場合は迅速に対応してくれることも多いですからね。
ここまで来たら、もう書き込んだ者は逃げられませんので、毎日震えて眠ることになります。
いじめ被害者の超反撃開始!
いずれにしても、弁護士自身か警察によって書き込んだ者は特定されます。
さて、ここからいよいよ被害者側の逆襲開始です。
書き込んだ者が特定できれば、民事事件としても裁判所で訴訟を起こしていきます。具体的には損害賠償請求ですね。
実は訴訟を起こす場合、相手方の個人情報が必要になりますが、書き込み者は特定されているので、相手が心の底からごめんなさいするまでガンガン行くだけです。
匿名掲示板で、卑怯な書き込みをして笑っていた者の家に、ある日突然警察官が来たり、電話で事情を聞かれる。近所では噂され、後日の事情聴取に何回も行かなければならなくなる。
同時に、ある日突然裁判所から訴状が届く。裁判は出席しないと欠席裁判で負けるので必ず対応(出廷)せざるを得ない。
警察にかかわる出来事や訴訟を起こされるということは、世間体にも大きな影響を及ぼす可能性がある。
いじめや匿名掲示板でわざわざ誹謗中傷する人、これだけの覚悟がありますか?と言いたいですね。
いじめ以外でも同じ方法で反撃可能!
実のところこれは、いじめに限ったことではありません。
匿名掲示板等で、今回のようないじめに関する書き込みに限らず、個人の誹謗や中傷などの書き込みは名誉棄損などにあたる可能性があり、
裁判所はそのような行為に対して、同じように発信者情報開示請求で開示命令を出すケースはこれからも間違いなく増えていくはずです。近年の裁判所は時代とともに開示命令を出しやすい印象ですし。
ですので、匿名掲示板などで誹謗や中傷を受けたことがある人や、受けている方も同じ方法で救済され、逆襲することができる可能性があります。
SNSや匿名掲示板等で嫌な思いや攻撃されている人は、弁護士の無料相談などで相談してみるのも1つの方法ではないかと思います。
このような行為は、犯罪になりえるという知識をもっていない人が行っていますから、簡単に逆襲できると思います。
いじめは犯罪
どこででも言われることですが、いじめは犯罪になり得ます。
暴力を振るえば、暴行罪、傷害罪。SNSや掲示板等で誹謗中傷すれば、名誉棄損などに該当することがあります。
そして、警察が介入できる犯罪行為ですので、いずれも被害者が勇気と本気を出せば、必ず特定され罰を受けることになります。
多くのいじめは「犯罪行為」そのものだということが言えます。
いじめを受けたら相談(誰かに話を)する勇気を
昔と違って、現代ではいじめに対し、多くの選択肢が用意されていると思います。
ただ、いじめの性質上、陰険で卑劣な行為ですので、なかなか第三者の目に入らないことも少なくないと思います。
ですので、いじめを受けた際には、あきらめたり、絶望するのではなく、一番話をしやすい人でかまわないので、話をする勇気は大切だと思います。
確かに、誰かに話をしても何も変わらないかもしれません。しかし誰かに伝えなければ何も変わらないということも事実だと思います。
自分が知らない、いじめから脱出する方法を誰かは知っているかもしれませんから。
頼りになる人はきっと近くにいるはずです。