【いじめ・パワハラ】自ら消える気持ち、知っているのは本人だけ。本人を責める発言だけはやめましょうよ【うつ病】

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今日はブログを書く気はなかったのですが、あるニュースを見まして、少し伝えたいことができたのでその思いを書くことにしました。

 

それは自らの命を絶つという行為(以下「当該行為」といいます)についてですが、自〇と書くと良くないようですので、こういう書き方にしていることをご了承ください。

 

そのニュースでは「当該行為」に関して様々に意見が述べられていましたが、的外れなことも少なくないと感じました。

 

もっとも、それは当然といえば当然で、一般の方の思考と追い込まれて「当該行為」に及んだ人の思考がリンクするはずはないですからね。

 

「当該行為」に及んだ人の気持ちというのは、100%その本人にしかわからないことです。本人だって他の選択肢がなくなった絶望の末、少なくても望んでこなかった選択肢をやむを得ず受け入れたものであるはずですし。

 

一見した他人が、その「当該行為」について良いとか悪いとか言ったところでとも思いますし、もしその場にいたらあなたに何ができたのか、何ができるの?と思ってしまいます。

 

ですから、好き勝手思うのは自由ですが、本人や親族を責めるような発言は意味を持たないし、その意見を言うことでどんな影響があるのかを考えてから発言してもらえたらなと思いました。

 

一番つらいのは本人でしょうし、身近な人も同じぐらいつらいはずですから。何気ない発言が、センシティブな状態にある関係者の心を簡単に傷つけるということは認識しておいてほしいと思います。

 

私がなぜこんなことを思ったのか。それは私も身近な人を「当該行為」で亡くした経験があるからです。

 

当時の私も、その子の気持ちを思うと心からいたたまれなくなったこと、また自分の無力さを嫌というほど痛感した経験がありますから。

 

本人や親族を責めるような発言は見ていて心が痛みます。

 

例えば、

 

「なぜ親しい人に相談しないのか?」という意見。

家族や大切な人であるからこそ、相談できない気持ちって理解できないものですか。心配をかけたくないという気持ちが強すぎると、自分が我慢すればと思ってしまう気持ちあると思いませんか。

 

「消えてしまっては負け」、「消えてしまっては損」という意見。

精神が衰弱してしまっている「当該行為」を選択した本人の思考の中に、勝ち負けや損得があるわけがないです。

 

勝ち負け、損得を考えられる時点でそれは追い込まれてないことが前提じゃないですか。あと負けとか損って具体的に何を指していますか。

 

「当該行為は良くない」という意見。

良いことが多くないのはわかります。でも具体的に何が良くないのか教えてほしいです。親とか親しい人が悲しむからとかでしょうか。それって本人の気持ちはどこに入ってますか。

 

本人の気持ちを察すると、単純に良いとか悪いとかではないと思うので。ただ良くないと言いたい気持ちは私もあります。

 

「他に逃げるという選択が無かったのか」という意見。

逃げるという選択自体がこの世から消えるということ。

 

こういった意見を語りたい気持ちはわからくもでもないですが、当事者からしたら何がわかるの?て感じるだけだと思いますし、余計につらくなっていくと思いますので。

 

この見た「当該行為」もそうかもしれませんが、何の前触れもなく突然起こることも珍しくありません。

 

ときどきないですか、後から考えると、なぜあんなことしたんだろうと思うこと。

 

この前私は、横断歩道の信号が赤になってから、なぜか走り出して渡ってしまい、渡り終わる直前にバイクが猛スピードで後ろを走り抜けていきました。

 

あと2秒渡るのが遅れていたらぶつかっていたと思います。そのときにそう思って冷や汗をかきました。そして後から考えてもなぜそこで渡ったのかわからない。

 

そんな経験ってときどきありますよね。

 

「当該行為」を選択してしまった人って、そういうひと時の心の間でいつのまにか振り切ってしまってという場合も少なくないと思います。

 

人間って、何かを悩んだり、考えたりする時間ってとても長いと思うのです。

 

でも、決めてしまってからは、逆に早い。そういう生き物ですよね。

 

「当該行為」というのは、ある日突然意図せずやってくるということです。それは、本人であっても、周りの人たちにとっても。

 

「当該行為」を防ぐ方法は、そうすると決めてしまう前に、本人であれば他人を頼ったり、他人であれば見つけることです。

 

いつもと違う小さなサインは要注意です。気づいてあげてほしいです。

 

ある日突然、というかある時突然ということがある。事前にそういう認識をもっておけば、回避につながる可能性が上がると思っています。

 

また、「当該行為」の本人を責める言葉は見ていられません。犯罪者とかでないのであればなおさらです。

 

その結末に至るまでにどんな道があったとしても、他人には絶対にわからない苦しみや絶望を1人で抱えていたはずですから。

 

テレビやメディアに出ている人が、「消えるということは負け」とか「悪い」と言っているのはわからなくもないです。

 

その発言の影響力は大きいですから、あえて「だめだ」ということを発信していかなければいけないわけで。

 

でも、きちんとなぜ負けなのか、悪いのかという理由や説明も丁寧にしてほしいと思います。「なぜ命は尊いのか」の説明でも良いと思います。

 

どこでもそれがないので、「だめなものはだめ」と言っているだけのように聞こえてしまい、本当に理解しているのだろうかと。

 

そして、きちんとなぜ負けなのか、悪いのかという理由とともに、教育や予防対策に活かしていけば良いのではと思います。

 

ただ、今の私は「当該行為」がなぜ負けなのか、悪いのかという理由をきちんと説明することは難しすぎて出来ないでいます。

 

人は何を思っても自由ですし、どのような発言もできます。

 

しかし「当該行為」をする方もされた方も被害を受ける側です。もし責めるような意見があったとしてもそっと心の中だけにしておいて欲しいなと思いますね。

 

「当該行為」が起こらないことがその全員を救うということは言うまでもありませんけど

 

もし「当該行為」を考えたことがあるという人がいたのなら、私は少しだけ伝えておきたいです。

 

実際に私も経験がありますが、今という苦しみや悲しみの環境が絶対に変わらないと信じて疑わないほどの日々を過ごしている人もいると思います。

 

また、今という瞬間さえ耐えられないと思う日々があるかもしれません。

 

しかし、時が流れるという以外にこの世に不変で変わらないものなんてないです。

 

今という瞬間が苦しいかもしれませんが、本当に苦しくなったときには一番話しやすい人に「苦しい」と言ってください。

 

あなたが本気でそう言っていることが伝われば必ず何かが変わってきます。

 

これは私が伝えられなかった最後の言葉でした。

 

どうしても書いておきたかったので。