フリートーク(放談)

マナーに頼るから、正直者がバカを見つづける、損する社会は終わらない

昨今のコロナ禍でBBQなども禁止されているかと思います。

そして、禁止しているのにも関わらずBBQをやるために禁止区域に侵入し、中には堂々とやっている人たちもと、たびたびニュースになります。

行政はいつまでもマナー、いうなれば善意に頼るようなことしかできないわけですが、これは結局正直者がバカを見る結果になっています。

今回はそんな話です。

 

マナーなんてただの善意であり、ときには不要な長物

まず言いたいのはマナーなんて本当にいりますか?ってことです。

マナーとは特に決まりなどがない中で、他人に常識的な言動を暗黙に求めているだけのものです。ですから自分が望むもことを単に他人に求めているという構図にすぎないわけです。

 

単に自分の期待に沿うような言動に従って欲しいのであればそういう定めをすればいいだけの話で、そのようなことをせずに漫然と政治家を気取っている人たちは、反省するべき時に来ていると感じます。

 

また、だとしても規則を作ってまでじゃない、などと思われること、人がいるかもしれませんが、であれば、そもそも本当にそのマナーって必要なんですか?という疑問にきちんと向き合って回答を出す必要もあると思います。

 

マナーに従うことで正直でまじめな人が損をする社会

そして、マナーとは規則等の定めではないので、人それぞれ個々の考え方で大きく判断が分かれます。そもそも守る義務がないものでもあります。

 

それに対し、マナーを守っている側はやはり他人に対しても、マナーを守ることを公言、暗黙問わず要求するため、どうしてもマナーを守らない人たちが問題になります。

 

しかし、もう一回言いますが、そもそもマナーというのは守る義務は課されておらず、それは個々の判断に委ねられているものです。ですから、自分がそう思うから、とか自分が守っているからと他人に強要し、または要求するのは間違っていると言わざるを得ないところです。

 

このような感じで、個々の判断に委ねているものでありながら、あたかも守るべきものというような表現や思い込みが、結局まじめに考え守っている人、正直に従っている人が思想に拘束されてしまい損をしつづけることに繋がっています。

行政がはっきり定めないから不公平感が出る

ですので、現状の正直者がバカを見るを少しでもなくすためには、やはり行政がしっかりすることです。強く正しい行政を取り戻すこと。

 

例えば、要請と言いながら店舗自粛のお願いに行くような、子供の使いのようなことをして税金を無駄遣いしたりせず、自粛効果も科学的根拠を示したうえで、●日間休業命令を出し、その間はきちんと補償をするとか、

BBQは禁止(命令・罰則付き)としますが、代替場所として公立運動場を提供しますとかバランスをとってしっかりやれば良いだけです。

 

しかし、そんなことを考えるのが面倒なんでしょう、ただただ禁止や要請の連発で国民の不満はたまっていくだけが現状です。

信用できない機関、信用していない人たちに何かをお願いされたとして、その通りにするわけがありません。それは間違っているわけでもあるので。

 

国民にマナーや要請を受け入れてもらうおうというなら、まずは国民に対し信用され、確かにちゃんとやっているから従わないといけないなと思われる政治を普段から行っておくべきなのです。

 

そうすれば、マナーに頼る小手先の対応だったとしても、もっと効果はでているはずですよね。そして政治であれば、マナーや人の善意に頼るだけでないまっとうな政策実現をお願いしたいところでもあります。

関連記事