フリートーク(放談)

【コロナ禍】首相・知事・国家公務員上層のリーダーシップが絶望的な理由

日々のコロナ禍、国や地方の失政が続き、憲法で保障されいてるはずの国民の財産と生命が垂れ流しで失われています。

 

私もこの惨状を見過ごせないと感じつつも、、、そもそも首相、知事や国家公務員の上層(直接政治家に近づく地位)にはリーダーシップを備え、発揮することが要求されておらず、資質とされてこなかったので、直ぐに求めることも無理な話だと感じています。

 

平時問題ないときに空論上の経済政策などをやったつもりで喜んでいられますが、今回のような国難に対しては、強く導く力が不可欠ということを認識できたと思うので、次回の選挙、国民の義務=投票で民意を知ってもらえるようにできればと思っています。

 

と思いつつも、今回はそもそも首相・知事・国家公務員上層のリーダーシップがなぜ絶望的なのかを書いてみたいと思います。

首相の権限と知事の権限

まず雑学補充を兼ねて、日本における首相と知事のそれぞれを見ていきましょう。

首相

首相とは、内閣総理第大臣を指します。首相は内閣の首長として、内閣を代表する地位にあります。

あくまで、内閣という合議体の首長であり、単独で遂行できる権限というのはほぼ持っておらず、内閣を代表する権限を有しているに過ぎません。

 

ですから、独断で何かを決定したり、遂行する権限は基本的にないという位置づけと考えられます。

 

知事

一方で知事ですが、首相と違い、ある意味大統領制に近い権限をもつともいわれることがあります。

主な権限には、

・予算案や条例(地方の法律)案への拒否権

・迅速な対応等を要する場合の条例制定などを行える専決処分権

・その他予算調整権や災害時等の主要行政機関への命令権など

があり、これらは一般的な大統領権限と同レベルの内容であるとも言われています。

ちなみに、都の予算は10兆円規模とも言われ、他都道府県に比べ10倍以上の規模と言われていますが、現都知事って、このコロナ禍(災害)の中、何か具体的有効な政策って1つでもできているんでしょうか。

 

これほどの権限があっても結局何も考えられず、実行できない人の場合、何もないことと同じになってしまうというのは人災と言えてしまいますよね。

政治家の出世

次にこれらの人たちにリーダーシップがない理由として関係ある、政治家の出世について見てみたいと思います。

政治家の出世と言えば、やはり首相になることなんだと思いますが、首相を目指すとしてやっていることを想像すると、

・地元の選挙区保護

・パーティーなどの資金稼ぎ、広い顔作り

・先輩議員への取り入り、媚びへつらい

などかと思います。結局何を考えたか、やったかという実績なんて必要ではなく、いかに上辺だけであっても上手に周りの人に気に入られるかという点にすべてがあるのがわかります。

国家公務員の出世

また、国家公務員の出世についても同じです。

少しでもライバルに差をつけるために、先輩や上司に媚びへつらい、言うことは絶対という昭和な世界は変わっていないため、そのようにして気に入られて、失敗のない者が出世していきます。

 

だから、時々もれる不祥事のときに、それなりの地位でありながらも世情に疎く(というか世情=国民意思なんて一切関係ないので)、令和3年だというのに

『私は飲み会は絶対に断りません!』

なんて発言し、どや顔までセットしちゃうんですね。

 

首相・知事・国家公務員上層にリーダシップを持つ理由が存在しない

以上からもうお分かりだと思いますが、

首相・知事・国家公務員の出世には人的な実力は求められてなく、いかに出世のために媚びへつらい、自分を抑え込むことができるか、

それはイコール、何の思考力、実行力も育てる土壌がなく、何の実績も生まず、後輩や部下を育てることもなければ、ここからの評価も関係なく、上に立ったものがすべてに優先するという文化が根強く残り、昭和時代の劣化のまま、時代に取り残されているということです。

 

そしてこのような文化は間違っていると考える人はいるのだと思いますが、常にこの環境が『正』とされ続ける中で、自分が一切の責任と覚悟を負い、不明確な計画や前例のない行動をとることをしない人たちに、そう、

「リーダーシップ」が備わり、また得る機会、周りよりも抜きんでた実力者として成長する機会もまったくなく、そもそもそれは求められていないわけです。

 

こんな環境で育った人たちが、または元タレントであるという人気者気取りで、駆け上がってきた人がリーダーシップを備え、発揮するなんてことは到底無理な話であると言えることがわかりますね。

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