フリートーク(放談)

現代版「村八分」の問題は、ただ形式だけ残されたいじめであるということ

 

本日のニュース。

 

「村八分」でUターン男性が提訴

 

今回は、大分県の宇佐市にUターンで移住した60代男性への「村八分」が改善されていないことを理由に提訴したようです。

 

まず住民票が移されていないからという理由で、町内会入りを拒否されたこの男性は、後に住民票を移したうえで再度自治会入りを申し出ます。

 

しかし今度は全員の同意が得られないという理由で再度拒否される。

 

なんですかね、このただの嫌がらせというかいじめ。心の底から気分悪いですよね。

 

現在、地方自治体の人口は東京やその他大都市クラスのごく一部を除けば、減少傾向でこれには終わりが見えていません。

 

そこで、田舎の小さな市町村などでは助成金などの特典を付けたりし、地方移住者を増やそうと努力をしているところもたくさんありますが、肝心の現地ではこのようなことが悠然と行われているわけです。

 

地方自治体の予算や国民健康保険だって地方の税金で賄っているというのに、こんなことでは人口減少が加速していくばかりで税収も苦しくなる一方ですよね。

 

水道なども地域ごとの水道料金収入で賄われているのですから、人口減で確実に料金は上がっていきます。

 

1人来てくれるだけでも、消費が促され、消費税の一部が入り、住民税も入るのに来てくれる人をいじめて孤立させる住民。

 

「村八分」って何かに貢献するんですか?って聞いてみたくなるような現状ですよね。世のためとか人のためになることって全くないですから。

 

「村八分」なんて行為は、自滅を促すデメリットだけです。

 

今回は、そんな「村八分」について思うことを少し書いていきたいと思います。

 

村八分 とは

 

「八分」とは、はじくとか仲間はずれにするという意味があります。

 

そこに村がついて、村社会(町内会)の秩序維持のため、決定事項や慣行に違反した者に対し、村全体で制裁として行われる絶交処分をいいます。

 

昔の農村などは、大きない工作機械もないですし、村全体で助け合って土地を耕したり、農作物を管理したり、お互いにわけあったりなど、1つの共同体として生活することでさまなざまな相互効果がありました。

 

このように、集団で協力し合って生活しているのですから、万が一誰かが規則を破った際には、それなりの制裁を受けることは当然のことではあります。

 

1人の迷惑行為がそのまま全体に迷惑をかけることになりますからね。

 

良くも悪くもこの制裁に使われたのがいわゆる「村八分」ということになります。

 

学校でも会社でも社会でもそうですよね。一定のルールがあって秩序が保たれている。

 

しかし、これは遠い昔の話でもありまして、現在と言えば、生活水準は上がり、何事も自動化なども進み、各家庭で生活が完結できるようになりました。

 

その結果、普段の生活においては相互扶助もほとんど必要がなくなっていき、町内会自体の存在理由も薄くなっています。

 

元々は、同じ生活圏の人々の生活を手助けし、お互い協力し合うための町内会の役割が、生活水準の向上により、その相互扶助の部分が消えたにもかかわらず、

 

時代に置いて行かれた一部の人たちにより、従わないものは制裁という悪しき風習、まさに「村八分」というところだけが残ってしまっているものが、現代版の「村八分」といえるのではと思いますね。

 

 

現代版「村八分」はただのいじめ

 

上記でも述べたように、現代では生活水準は向上し、各家庭が独立して生活をしていくことが可能な社会になっています。

 

その中で、従わない奴は制裁という部分だけが残ってしまい、ここが大きな問題になっているのだと思いますね。

 

これは端的にいえば、内容にかかわらず気に入らない奴、従わない奴は八分(仲間はずれ)にするというところで、そもそもの町内会の目的からは真逆の行為と言いべきようなものになってると思います。

 

ニュースなどで見た実例では、

 

・ゴミ集積所を使用禁止

→ただの嫌がらせ以外の理由があるのでしょうか。

 

・挨拶してもはなしかけても無視される

→村八分とかいうレベルでなくて、いい大人が人としてする行動じゃないですよね

 

・ごみの中身を監視される

→何を目的としているのか理由を知りたいし、こんなことが平気でできる性格にはなりたくないと思いますね。

 

・市報や行事の回覧板が回ってこない

→どんな理由なら正当化できるのか浮かびません。

 

・医師がやめる村。一部村民によるいじめが原因

→いわゆるモンスターなのでしょうけど。一部の人のせいで大勢のまっとうな人が迷惑を被る例ですね。

 

その他細かいことを含めれば山のようにたくさんあると思います。

 

この、根拠や理由のない嫌がらせやいじめが平然と行われている事に対し、それをこっちではどうしようもないからと、漫然と見て見ぬふりをする行政側なども少なくないと聞きます。

 

中には、郷に入れば郷に従え的な 一瞬正論に聞こえなくもないことを言う人もいますが、上記で書いたように、現代版の「村八分」はもう相互扶助作用がなく、一方的に従順だけを強いるものです。

 

利益も生まない、理由もよくわからないようなことに、決まりだから従えということが正論とはとても考えられないですよね。

 

現代にあって、いい大人が堂々と「気に入らないからいじめやろう~」って公然と行動している。

 

これが現代版「村八分」の現実なのではないかと考えるわけです。

 

私も経験者あり。地方移住を考えている人へ

 

「村八分」については、実は私も経験があります。

 

あまり思い出したくもないのですが、数年前にI県の温泉街でWEB関連の仕事をしていました。

 

そのときは、当然「村八分」なんてことは考えるすべもなく、本当にただなんとなく地方に行ってのんびり仕事をしてみたいと思っていて、いろいろな地方の仕事を探しながらたどり着いたところがそこでした。

 

面接には、電車で片道3時間をかけて2回行った記憶があります。

 

午前中に家を出て、午後には帰路につくので現地の生活を事前にゆっくり見ることはしませんでした。

 

このときの私の頭の中も、世間と同じように、

 

方=のんびり暮らし

 

という妄想しかなかったので、特に何も疑わず、疑うことも知らずに引っ越しをしました。

 

しかし、違和感は多かったですね。

 

例えば、住居でしょうか。アパートを借りていましたが、大家さんが捨ててあるゴミ袋を覗いては、

 

ちゃんと仕分けして出せとか(実際出していた)、

捨てる時間を守れとか(実際守っていた)、

カラスが来るから生ごみは入れるなとか(みんなどうしてるの?)、

夜22時以降は近所迷惑だから車で出かけるな(普通の静かな4ドアタイプですけど)

 

とか、今でも覚えているのはこれぐらいですが、なんだかんだと数か月ぐらいは目についたことをいちいち言われ続けましたね。

 

そして、何に使うか説明もなく、収支表もない町内会費(月1000円ぐらい)も毎月払っていましたが(それも現金で大家の家に直接届けることになっている)、

 

思い返すと、回覧板や町のイベント情報などが回ってきたことは確かに一回もなかったですね。

 

当時は気づきませんでしたが、「村八分」の記事を見るようになって、自分もそうだったのかと気づいた始末です。

 

当然、会社でも思い当たる言動はありましたが、気分の良い話ではないので今回は割愛しますね。

 

私は、すぐにそこから脱出することを決めたのでこれぐらいで済みましたし、出ていくからと途中から気にすることもなくなったので良かったのですが、

 

もしこれが移住をしていたらと考えると、本当に人生が変わって(終わって)いたと思います。

 

ただ、無理やりですが不幸中の幸いというところでは、

 

地方=のんびり暮らす

 

という考えは確実に甘かったということを知ったので、これはこれで良い勉強になったと思っています。

 

先日、東京都から、東京の人口は今後も2030年ごろまでは右肩上がりで伸びていく試算が発表されていました。

 

今後も一極集中は解消されるどころかもっと顕著になり、地方は人口流出が続くジリ貧の一途です。

 

そして、これからもおいしい移住の話で若者を引き込もうとする地方自治体は増えていくと思います。

 

ここで、移住を考えている人に1つ言えるとすれば、

 

言葉の情報だけがすべてではない

 

ということを、この機会に知っておいてもらえればと感じますね。

 

当然ですが、このような「村八分」などの問題のない地方も、日本にはたくさんあります。

 

今の私の夢はそのような地方でのんびり暮らすことですね。

 

それでは今回はこの辺で。

 

 

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