電車で席を譲ろうと思ったけど動けなかった理由

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例えば、電車で席を譲ろうと思って

声をかけようとしたり、席を立つタイミングを

難しく感じたことはないですか?

 

今日は朝からそんなことを

感じさせられた出来事があったので

少し書いていこうと思います。

 

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状況の説明

 

今日もいつものように始発駅から座席に座ると

週が始まって2日目にもかかわらず、

程なくしてとさっそく眠気が襲ってきます。

 

そのうちにスマホを操作する手も止まり

ウトウトし始め、気にしないうちに

車内は満員になっていきます。

 

今日も例外ではなく、日常の通勤シーンの中、

満員電車にゆられながら自分の降車駅まで

あと半分くらいに差し掛かったときでしょうか、

マタニティマークが寝ぼけ目に入ってきました。

 

マタニティマークは

私の目の前のカバンに付けられていましたが、

そのかばんを持っている人は位置的に

隣の座席の前に立っている人で

ちょうどカバンが押されて私の目の前に

マタニティマークがという感じでした。

 

席を譲れなかった理由

 

私はマタニティマークに気が付くと、

すぐに席を譲る方向で考えました。

 

しかし、ちょうどそのとき車内は激満員で、

以下の理由から総合的に判断しすぐに声をかけ

行動することは難しそうだと考えました。

 

・電車が東京メトロの地下鉄でラッシュ時の都内走行中は良く揺れたり、急ブレーなども普通にあるのでタイミングが悪ければ周りも危険に巻き込むおそれがあった。

・その妊婦さんが音楽をイヤホンで聴ききながらスマホに集中していたので今声をかけても聞こえないかもしれないと思った。

・何より激満員で目の前には2つのカバンが顔の前まで迫っており、足は膝を押されその場で立ち上がれる状態ではなかった。

 

ですので、次の駅で止まった際に

タイミングを見はかろうと思っていたところ、

次の駅でその妊婦さんは降車されました。

 

この間実質3分程度でした。

 

結果として、

席を譲れなかったことについては事実ですから、

その妊婦さん本人やマタニティーマークに

気づいていて立っていた人の中には

なんで席を譲らないんだろう~

と思った人はきっといるでしょうし、

 

なんだか朝から

もやもやした日になってしまいました。

 

満員電車も1つの理由

 

世の中には、私もそうだったように、

席を譲ろうと考えていてもある程度条件が

そろっていないと行動に移れない人は

いると思います。

 

特に満員電車では自分のみで何か行動することが

困難なときもありますよね。

 

男性は下手に動いて痴漢と間違われたりしたら

その後の人生が変わってしまいます。

 

座席を譲るためにそこまでのリスクは負えないですよね。

 

いつのまにか、

満員電車が当たり前となっている世の中ですが、

そもそも電車が満員でなければ

今回のことも起きてないはずで、

 

満員電車っていつから当たり前になって、

いつまで当たり前なんだろうって。

 

ふと思ったりします。

 

確かに鉄道各社の改善努力はわかりますが、

いち企業レベルでの改善はもう限界ですよね。

 

東京の人口は右肩上がりで

2030年ごろまで増加見込みですし、

2020年の東京オリンピックもあります。

どうなるのでしょうか。

 

現役知事が選挙公約にあげていた

「満員電車0」は今どこにありますか?

 

そもそも政治家は自分が満員電車で

通勤することがないので真剣になって

動く動機が存在しないですよね。

 

いろいろ書きましたが、

今回はっきり言えることとしては、

満員電車でなかったらスムーズに席は譲れていた

ということです。

 

ですから、

 

当たり前となっている満員電車は、体やカバンを押しつぶしているだけではなく人の善意や好意をも押しつぶしていることがある。

 

ということでもありますよね。

 

満員電車ってほかにも

何かちょっとしたことでイライラしがちですよね。

不快指数は相当高いと思うのですが、

これが先進国であり、

文化的な生活と言えるのかとも思いますね。

 

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それぞれの小さな気遣いという+αが好転に導いていく

 

今回のように、誰かが席を譲ろうとしても、

一人だけでは実現が困難なときがあり得る

というのは上記で書いた通りです。

 

もし、

・妊婦さん自身が譲ってくれそうな人を探していたらどうだったでしょうか?

・マタニティーマークに気づいた人が周りにサインを送っていたらどうだったでしょうか?

 

そちらの現実では席に座っていたかもしれません。

あくまでも仮定の話ですが。

 

もし、の話でしか語れないですが、

気づいた人がその場で少しの気遣いを

行動に移すことができれば

それは輪となって広がっていく。

 

それは、1人1人の小さな+αが

困難なことでも好転させていける

ということだと思います。

 

もしこの先似たような事があった場合には、

一つの点が輪になって広がっていくように、

少しの行動(周りをキョロキョロしたり)を

起こしていきたいと思っています。

所感

 

結局今回のケースでは

得をした人は1人もいませんでした。

 

誰かの力になったり、手助けしようとするときには、

本人が行動しようと思っていても、

本人の意思と関係のないところで、

状況により行動ができなくなることもある

ということを知りました。

 

現代ではマナーやモラルなどが

あたりまえのように語られ、

何か問題があれば一方的に対象への非難が

独り歩きしがちですが、

 

もしかしたらそこには

個々の抗えない事情があるのかもしれませんね。

 

今回はとても良い勉強になりました。

 

それでは~。