フリートーク(放談)

繰り返す不倫騒動。そもそも間違っているのは人が無意識に作っている愛の形と倫理観

 

この国は平和だなと思うときはよくありますが、その中の一つが不倫報道ですよね。

 

誰々が不倫をしたからけしからん、とか、ひどい人間だとかTVでもいろいろな人が一斉に口を開き始めます。

 

しかし、不倫は犯罪ではないですし他人には全く関係のないことのはずです。

 

なのに、みんなここぞとばかりに一斉に叩き始める。

 

このような行為は見ると気分は良くないものですし、もっと落ち着いて考えれば、当事者でない限り自分自身には全く関係のないことであり、昔の人が決めた理由のないルールに無意識に縛られているということをこれを読んで認識してほしいなと思います。

 

愛の形は人それぞれさまざまであり、1つとは限らないですよね?

さて、まず愛の形を考えてみましょう。

 

愛の形と聞いて、思い浮かべることは千差万別、個々によって無制限に様々であるはずです。

 

親のやさしさ、愛を想像する人もいるでしょうし、恋人や配偶者の何かの言動を思い浮かべる人もいるでしょう。

また、ペットや物への愛着などの愛を浮かべる人もいるでしょう。

 

そしてその人の愛は、1つだけということはなく、いろいろな人、物にむけられていることであろうと思います。

 

そうなんです。愛は1つとは限らないわけですよね。

 

だから、人を愛するということ(愛する人)が1人ということは自然的ではなく、これはどこかの昔の人が、

人は一人の人を愛し、1人の人としか結婚できません!

などと勝手に決められたことが常識と捉えられ、先進的な考えと勘違いされて来ているに過ぎません。

 

愛は1つではなく、愛の形も1つではなく、多くの人が複数持っていることが普通なことであり、対人に対しては1人に限るという、昔の人が勝手に決めた理由のないルールに無意識に縛られている現状をまずは理解しておいたほうが良いと思います。

 

例えば、

「なぜ人は同時に1人の人としか結婚できないのですか?」

と聞かれて、納得の行く回答をできる人はこの世にいないと思います。

 

昔からそう決まっていて、そういう常識を押し付けられて教育されてきたからというのが唯一の正解であるわけです。

 

結局どこかの誰かが作った倫理観に縛られているだけ

そして現代の倫理観についても考えてみましょう。

 

倫理観と聞いて思い浮かべるのはやはり人それぞれ違うものだと思います。

 

倫理観とは、

「人としてどのようにあるべきか、正しく生きるか」

的な意味だと思いますが、これについては特に異論はないと思います。

 

では、人としてどうのようにあるべきか、正しく生きるかという判断は何を持ってされているのか。

 

それは、善悪に対する判断の理論、道徳などの教育によって、人として正しく生きることについて学んできたことが基礎になっているはずです。

 

しかし、ここで考えてみたいのですがこの教育の源を作ったのは誰なんでしょうか?

 

仮に神が作ったというのであれば、それなりに信じるに値すべきものとなり得るのかもしれませんが、そんなはずはなく間違いなく、どこかの誰かが作ったものですよね。

 

ということは、その人(人たち)が考える倫理観を「人としてこうあるべきだ」と一方的に無理やり押し付けられて来たに過ぎないわけです。

 

そして、現代では多くの人がそれを無意識のうちに正しいと考えてしまっている。

 

ですから、この昔の人が勝手に作った倫理観に基づいた判断が正しいことと思いこんでいるし、悪=悪ですが、善=正義 とも勘違するようになってしまっているわけです。

 

このような考えに染められているわけですから、倫理に背く不倫に対しても、自然に多くの人は無意識に正義の炎が燃えあがってしまい、

倫理、正義に背く奴はけしからん

と叩いたり、発言したりしてしまうのだと思っています。

 

でも、その倫理観も、正義感も他人に押し付けられた、人とはこうあるべき像であるわけですから、一度落ち着いて、倫理観について、そして他人の不倫を叩くこと、文句を言うことについて、どのような理由があるのか考えてみてもらえると良いと思います。

 

当然私も、不倫は傷つく人がいる可能性があるので良いことではないと思いますが、そもそも当事者以外の他人には全く関係のないことですので、いちいち周りが騒ぐようなことではないと思います。

 

むしろ周りが騒ぎすぎてしまい、引っ込みがつかなくなり当事者が本心で思っている結果とは違うような結果になってしまうようなことも起き得ると思いますし。

 

不倫をしてしまった人には、関係のない他人に謝罪するなど意味のないことばかりせず、しっかり自分を見つめ直して誠意を持って、当事者全員の理解を得ることに全力を尽くしていただきたいとは思いますね。

 

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